月のパワーを借りて、私は身長を伸ばす

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「月と地球の引き合いは、潮の満ち干を起こします」

 

この言葉に私の眼は釘付けになっていた。

日曜日の朝7時。休みの日は甘いカフェオレを飲みながら、図書館で借りてきた本を読み漁る。それが最近の私の習慣だ。

私は先週借りてきた「宇宙入門」という本を読みながら、ある事に気づいてしまった。

 

「月に引かれて海がもち上がるため、太陽と月と地球が一直線に並ぶ新月と満月のときは、太陽の力も加わって、海は大きく楕円に膨らみます。これを『大潮』と呼びます」

 

読んでいたのは「海の満ち干は、月と地球の引っ張り合いによって起こる」という話。

月は地球を引っ張っているため、月の方にある海は引っ張られて持ち上がり、満ち潮となる。逆に、側面の海は海水が減るため、干潮になるというのだ。

まさか、あの広い広い海が、遠くで小さく光る月に引っ張られて持ち上がるなんて、考えたこともなかった。自然に起こることというのは壮大だ。

だが、私の眼を釘付けにしたのは、そこではなかった。

「月は、海を持ち上げるほどの大きな力を持っている」このことを知ったとき、私はあることに気づいてしまったのだ。

 

「月が私の真上にあれば、私の身長、伸びるんじゃないか?」

 

私は身長が低い。小さいころからずっと低くて、背の順はいつも一番前だった。

“前にならえ”をしたら、いつも手は腰。手を前に伸ばすのが憧れだった。

運動会の組体操では、ものすごく怖がりなのに「小さいから」という理由だけで“三段やぐら”の一番上になってしまった。怖くて手足が伸ばせず、背中も首も縮こまった三段やぐらが完成した。

「中学生になってから伸びるタイプなんだよ」とみんなに言われたが、私の成長はずっとスローペースだった。

高校生になっても、初対面の人に「小学何年生?」と聞かれた。

大学生のころ電車の中で、教科書をたくさん詰めた重たいリュックを背負って立っていると、80歳くらいのおばあちゃんに「お嬢ちゃん、私はもう降りるから、ここに座り?」と席を譲られた。おばあちゃんには、小さい子が重たい荷物を持っているように見えたのだろう。その優しさが辛かった。

20歳になり、お酒を飲めるようになって行った焼き肉屋さんでは、お会計で「これ、どうぞ」と、アメを渡された。「小学生やと思ってたんやとしたら、お酒出したらあかんやろ!」と言いたかったが、恥ずかしいやら悲しいやらで何も言えず、黙ってアメを受け取った。悔しいが、アメは甘くておいしかった。

結局私の身長がグンと伸びることはなく、今でも152cmだ。身長が低いことは、ずっと私のコンプレックスだった。

でも、それだけではない。身長が低いという事実は、私の夢さえも奪っていった。

中学生のころ、「パイロットになりたい」という夢を持った。「ハッピーフライト」という映画を観て、旅客機のパイロットに憧れたのだ。「私も将来、たくさんのお客さんを乗せた飛行機を、かっこよく操縦するんだ」そんなことを想像していた。

でも、パイロットになるには身長制限があり、“158cm以上ないとなれない”ということを知った。当時の私は145cm。158cmなんて到底届かない。ものすごくがっかりしたが、諦めるしかなかった。

高校生のころは科学が好きで、ドラマに出てくる“鑑識官”に憧れた。鑑識官になるには、まずは警察官になる必要がある。「警察官になって、鑑識で働きたい」そう考えていた。

でも、その夢も叶わないと知った。警察官になるには身長155cm以上必要だったのだ。まさか世の中に、身長が必要な職業がいくつもあるなんて、思いもしなかった。

例え身長が高くても、パイロットや警察官になれたかどうかは分からないが、この経験が、私の“身長が高くなりたい”という願望をかなり強くしたことには違いない。大人になった今でも、健康診断のときには必ず、1cmでも身長を伸ばそうと、背筋をピンと伸ばしている。

 

そんな私が知ってしまった月のパワー。これはもう利用するしかない。

月が私の真上にあれば、月が私を引っ張ってくれるに違いない。

しかも、地球と月と太陽が一直線に並ぶ“新月”ならば、太陽の力も加わって、さらに引っ張る力が強くなるというではないか。

これはもう、新月の日を狙って身長を測らなければ!

良いことは身長が伸びることだけではない。健康診断で身長を測るときは、大抵の場合、体重も同時に測る。月と太陽に引っ張られた状態で体重を測るとどうなるか。

体重が軽くなるではないか!

なぜこんな素晴らしいことに早く気付かなかったんだろう。身長も伸びて、体重も軽くなるなんて。

よし、次の健康診断は新月の日に予約して、月が自分の真上にあるときに身体測定をして……。

 

「あれ? 真夜中やん」

 

私の身長を伸ばす計画は、あっけなく崩れ去った。

月と太陽の力を借りられないならば、私はどうすればいいのだろう。そんなバカなことをひたすら考える、休日の、静かな朝。

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