「自分ができること=みんなできること」だと思うな

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こんにちは、あかねです。

 

ある日の朝のこと。

「Tさん、ちょっとこれやっといて!」

私の職場で一番年配のYさんが、入職1年目のTさんに、ひとつ仕事を頼んでいました。

それは、仕事で使う器具を水で洗う、簡単な作業です。

前日から洗剤に漬けておいた器具を、朝、水で洗い流します。

「分かりました」

Tさんは早速、器具を洗い出しました。

器具は、洗剤が残っていると仕事に支障が出るので、きれいに洗い流さないといけません。でも、Tさんの流し方は、ちょっと流し足りないように見えました。作業の進み具合も、早すぎるように感じます。

「ちゃんと洗えてる?」

YさんはTさんに尋ねました。でもTさんは出来ているつもりで、「はい」と答えました。

するとYさんは言いました。

「いや、それじゃあ洗剤が落ちてないんじゃないの? もっとしっかり流して。 そんなに難しいことかな」

 

Yさんとしては、「いつもみんながやっているのを見ていれば、出来たはずだ」という考えがあったようです。「できないということは、先輩たちがやっていることを、ちゃんと見ていなかったということだ」と。

たしかにYさんの考えは分かります。実際1回やれば分かる作業で、難しいことではありません。毎朝誰かがやっていることなので、見ていれば、なんとなくどうすればいいか分かります。

でも、Tさんにとっては初めての作業でした。Yさんにとっては、出来て当たり前の簡単なことでも、Tさんにとっては違います。

Tさんは自分なりに先輩のやり方を見ていて、その通りにしたつもりだったのでしょう。器具についた洗剤も、しっかり洗い流しているつもりだったのだと思います。

でもそれは、Yさんの思っているやり方ではなかった。

Yさんから見れば、「こんな誰にでもできる簡単なこともできない」と、なってしまったのです。

 

……でも、それって本当に、誰にでもできることなのでしょうか。

自分ができるから、みんなできると思い込んでいただけじゃないでしょうか。

 

なぜ人は、「自分ができること=みんなできて当たり前」と思ってしまうのか

人が「自分ができること=みんなできて当たり前」と感じることには、2つ種類があります。

1つ目は、「実際に簡単な作業で、自分ができること」。

一度教えてもらえば誰でもできるようなことは、簡単で、周りの人もみんなできるだけに、「みんなできて当たり前」となりがちです。最初は自分も知らない作業だったはずなのに、そのことを忘れて、初めての人ができないと、「なぜできないのか」となってしまいます。

自分の中に、経験として「こういう時はこうする」というルールが出来上がっていることに気づいていないのです。先ほどの器具を洗う作業がこれに当たります。

 

2つ目は、「自分は最初からすんなりできたこと」です。

最初、自分が苦労することなくできたことは、「簡単なこと」という認識になります。「できない」という経験をしていないので、人ができないとき、なぜできないのか理解できないのです。

人にとっては難しいことでも、自分にとっては簡単なことなので、これもまた、「なぜできないのか」となってしまいます。

 

「自分ができること=みんなできること」ではない

自分ができることは、誰もができることだとは、限りません。

自分が当たり前にしていることが、相手にはできなかったとき、「こんなこともできない」と思わず、なぜできないのか考えるべきです。

ただ、やり方を知らないだけなら、やって見せてあげればいいだけです。

やり方が分かっていてもできないのなら、それは自分が簡単だと思っていただけで、本当は難しいことだということです。

そのことを理解していないと、いずれ相手をつぶしてしまうことになると、私は思うのです。

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“「自分ができること=みんなできること」だと思うな” への1件の返信

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